DJ TECHNORCH - ラ行の女


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ラ行の女



あれ?何で私裸なの?

頭が悪い、気持ちが悪い。これは夢だ。悪い夢だ。私は畳の部屋でお父さんに呼びかけられて目覚めた。イルリだかルリメだかそんな感じの名前で呼びかけられた。何ソレ?私の名前?  

今度のこれは夢だろうか、現実だろうか。夢と現実の判断がつかない。いつもこうだ、もう嫌だ。何度も何度も目覚めようと努力しているのに、目覚めた先がまた夢だ。それ悪夢、超弩級の悪夢だ。これとその反対側、どっちが夢なんだろう。頼むからこっちは夢であって欲しい。頭が痛いし気持ちが悪い。多分これは現実だ。だってここは私の部屋だもの。  

「イルリ?リリル?」  

お父さんに呼びかけられて私はぬめりと起きた。例のよって私の名前は二通りかそれ以上らしい。ここは私の部屋で、つまり畳の部屋だった。こっちは現実?よく見えない。障子から零れる光は質量を感じる程に薄暗く、その証拠に光は部屋の中央に集中していた。部屋の隅に逃れた光はもう帰ってこない。どうなっているんだろう。ここは私の部屋なのに...  

「ルリリ?リリリ?」

つまり私はラ行の女。そんな私はラリルレロ。お父さんは明らかに不機嫌に呼びかけていた。お父さんその格好何?お父さんは神道系の儀式とかに使うような男が着る巫女衣装みたいなよくわかんない格好をしていた。お父さんなんでそんなに薄着なの?お父さんお父さん、私なんで裸なの?  

ラ行の私はべとりと立ち上がった。なんで私が裸なのかは説明がつかないけれども、お父さんの表情には性的な視線は全く無く、私がいつまでも寝ていることにただひたすらにイライラしていた。これ以上ラ行でいる訳にはいかない。早くマ行か少なくともハ行か、それぐらいのポジションぐらいまで上り詰めないとお父さんに怒られる。

っていうかあなたお父さん?お父さんは明らかにお父さんだったけれど、顔が見えないし、私の名前は知らないし、なんだか判然としなかった。でもこのままラ行でいては本当に怒られてしまう、少なくとももう一度名前が呼ばれるまでに居間にいかなくちゃ。マ行か少なくともハ行になるまで少なくとも私は裸でいることを脱出出来ない予感がする。これは直感であり、確信である。  

体が重いし、頭も痛い。どうかこっち側が現実ではありませんように、体が重くてなかなか進まない私にお父さんは無言で怒っていた。光が部屋の中央にばかり固まって、私のところまで足を運ばないせいでどうにも前が見えない。  

それにしたってどうにも襖にたどり着かない。アインシュタインが光の速度と時間の長さがどうのこうのとかいっていたけど、光自体が進む気がない時は私の時間はどうなっているんだろう?

あぁ、そんなことは心配する必要もなかったみたい。私はぴったりと襖まで辿り着くと今度はどうにも加速度が付きすぎて止まることが出来ないらしい。起き上がってからここまで三歩か四歩ぐらいだったのにどうしてこんなに加速度が付くのだろう?一応右足をつま先が浮くぐらいまで踵立ててブレーキを踏んでみるけれど、自然落下するヨーグルトの下にハエ叩きを差し出したような感じで特に意味はなかった。


襖に激突する。でも大丈夫、だって襖だし、所詮それは襖だから突き抜けてしまえばいい。でも突き抜けなかった。私の体はおっぱいから順にギューっと張り付き、鯛焼きの型にこぼれ落ちるクリームみたいに全身がペットリと襖に張り付いた。あら意外とナイスバディ?ハエ叩きの次は鯛焼きか、なかなかおいしそうでいいじゃない。

ペットリと張り付いた全身は少しも痛くなくて、それよりも後ろでいらついているお父さんのオーラに私は焦る。こんなにペットリと張り付いたら襖に手がかけられないよ。でもかけられた。ペットリと張り付いた体の前に手を通すと、体積がないみたいにするすると襖の取っ手まで両手が伸びた。

バチコーン!お父さんのイライラをヨイショするみたいに私は苛立ちマックスで襖を開いた。パチンコみたいにいい音を鳴らした襖は開いた瞬間溶けてなくなってどこかにいってしまったし、お父さんもいなくなった。

多分畳の部屋に溜まっていた光が居間の方に移動したのだろう。私の後ろは真っ暗で、多分そこにお父さんとか畳とか襖とかは色々いるんだろうけれど、光が届かないところにいるお父さんはお父さんじゃないんだからもう誰が苛ついていようと私の人生にはさっぱり全く関係がない。

気分さっぱりハレの日気分。畳の部屋から居間まで光が移動する間私はとっても良い気分になった。あぁ、凄く気持ちいい。多分こっち側が現実なんだろう。こんなに楽しいんだからこっちが現実なんだろう。良かった。今日は悪夢じゃなかった。イマからココから新しい現実は始まる。光が移動しきるまでの一瞬、私は新しい現実を認識することが出来た。

でも光が移動し終わると現実が見える。居間は全く容赦が無かった。そこではカメラマン達がお母さんのヌード撮影会をしていた。

お母さん?お母さんお母さんだよね?お母さんなんか涅槃(ねはん)みたいなありがたいポーズして如何にも芸術ですみたいなポーズで撮影してるけどお肉が ↓ に垂れてるよ? お母さん、お母さんお母さん何でヌード撮影会なの。でも別にいいや、多分あれはお母さんだけど顔も見えないし声をかける気もしないから。

ソファーみたいなのに腰掛けるカメラマンと照明持ちはこちらなど見向きもせず撮影に集中しているようだった。お母さんは天女が羽織ってそうなアレを過度に豊満なボディにかぶせて涅槃みたいなそれをしながら仏のような顔でフラッシュを浴びていた。

あぁ、なんか気持ち悪いなぁ。何でここで撮ってるんだろう、他のところでやってくれないかなぁ。でも私は撮影の邪魔をしちゃ悪いと思ってソファの後ろを四つん這いで突き進んだ。 なんでお母さんあんなことしてるんだろ?そうだ、私のためだった。私が昨日ヌードの撮影をしたいっていって、お父さんは「まあいいんじゃない?」って言ってくれたのにお母さんがやたらグズるから、じゃあ仕方ないから二人とも撮りましょうっていうことになったんだった。

じゃあ私が今裸なのも撮影のため?でも誰も私のことに気がついてない気がする。お母さんが撮りたいっていうんならそれでいいし、ほっといて出かけることにしよう、着る物も探したいし。あっちは現実かなぁ、早く目が覚めたらいいのに。




本稿は2007年頃、執筆したものの再掲です。